» 実在天皇と、神話のはざま(八幡さま1)
2018年03月21日

実在天皇と、神話のはざま(八幡さま1)

日本の場合、神話の世界と、歴代に実在した天皇の間には何となくはっきりしないベール感があります。歴史というのは、基本的に文献学でありますが、残っている文献全てに、意図的な改竄が無い筈はなく。
森友問題の財務省文書改竄を例にとるまでもなく、その時どきの実力者や政権担当者、いわば勝者におもねる形で公文書といえども作成されている訳ですから、日本の歴史に関しては割合客観的といえる(望ましい?)、中国の史書の記述との比較などで、史実と目される出来事が重ねられていくわけです。

さて来年譲位をなされる、今上陛下は125代目の天皇となっております。
天皇のお名前というのは、諱はともかく、譲位・崩御後に諡号もしくは追号で呼ばれる訳ですが、上古の天皇に関してはこれも2種類あり、推古帝が最初といわれる和風諡号と、天平年間の官人(大友皇子の曾孫、降臣後大学頭、文章博士、刑部卿等歴任)淡海三船(おうみのみふね)が神武以来41代持統帝(神功皇后、43代元明、44代元正帝を含む)までを、一括して選進されたと言われている漢風諡号があります。

わが父の世代以前の戦前教育では、神武・綏靖・安寧・・・と当時の大正天皇までの全てを、暗記させられたそうではあります。
諡号も平安期には律令体制の衰微や仏教の隆盛によるなどして、生前の院号がそのまま追号となったり、御陵の一文字を使うなど所謂漢風諡号は、怨霊を恐れた特異な例(安徳帝、崇徳帝等)を除いて江戸後期まで無くなっていきます。

天武帝が編纂を命じた史書である記紀には、概ね推古帝の時代までが、記述されておりますが、神武以来の天皇のうちの実在が客観的に認められているのは、大まかに崇神、応神、継体以降の3説ですが、この実在天皇とされた3帝以降でも実在があやふやもしくは、否定的な天皇がおりそれは神話の世界なのか、実際の史実が反映した出来事もしくは人物なのかが、もうロマンの世界としか言いようは無く、ただ楽しめばよいレベルかもしれません。

で、お題のお話。
第10代崇神天皇の和風諡号(書記での美称として)が神武帝と同様であることは、有名で「はつくにしらすすめらみこと」であります。即ち国を統べた最初の天皇という意味です。
しかし崇神以降はまた神話のベールに包まれて、15代の応神帝までの4代にもう一人の日本神話最大のスーパースターであるヤマトタケルを加えて、実在が疑問視されております。

さて、別の観点から。
明治以前に実在のでも、神話のでも宜しいのですが、神となった天皇は1名だけです。
怨霊の代表といわれる、崇徳帝でも白峰神社の祭神として祀られるのは、慶応4年の明治天皇即位に際してのことです。同様に安徳天皇も、阿弥陀時が廃仏毀釈により廃寺となり、天皇社と改称され、更に赤間宮となったのは明治8年のことです。
祭神の神名は崇道天皇でも、実際には即位はしていない早良親王以下の怨霊を鎮めるための御陵神社。創建は桓武帝時代ですが、これも即位された天皇ではありません。

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